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  • トロンボモジュリン thrombomodulin

    2015/08/20 作成

    解説

     トロンボモジュリン(TM)は主に血管内皮細胞、気道や腸管の粘膜上皮細胞などに存在する高親和性トロンビン受容体である。TMは生存に不可欠で、TM遺伝子ノックアウトマウスは胎生致死する。稀に出生するヒトTM遺伝子異常症は、播種性血管内凝固症候群(DIC)様の重篤な血栓症をきたす。血中には傷害血管内皮細胞由来と推定される可溶性TM(参照:「トロンボモジュリン測定法」)が微量存在するが、その生理的意義は明らかでない。

    1. 分子構造
     TMは分子量57,000の糖タンパク質で、その構造はN末端側からCタイプレクチン様ドメイン、6個連続するEGF様ドメイン、O型糖鎖結合ドメイン、細胞膜貫通ドメイン、細胞内ドメインから構成される。Cタイプレクチン様ドメインは主に抗炎症作用、EGFドメインは抗凝固作用や線溶調節作用に関与する。


    2. 生理活性
     TMは、抗凝固作用、線溶調節作用、抗炎症作用など多彩な活性を有し、生体組織の恒常性維持に重要である。


    (1)抗凝固作用

     TMに結合したトロンビンは、遊離型トロンビンがもつ凝固促進活性(フィブリン生成、凝固第V因子凝固第VIII因子・凝固第XIII因子の活性化、血小板の活性化など)を消失する。また、トロンビン-TM複合体は抗凝固活性を有するプロテアーゼ前駆体のプロテインC(PC)の活性化を促進する。このPCの活性化は、血管内皮細胞プロテインC受容体(EPCR)の存在下に著しく促進される。活性化プロテインC(APC)は、凝固反応増幅因子である第Va因子と第VIIIa因子を限定分解して失活化し、トロンビン生成を抑制する。なお、PCの活性化およびAPC活性はプロテインCインヒビター(PCI)によって制御される。

    (2)線溶調節作用

     トロンビン-TM複合体は、血中のthrombin activatable fibrinolysis inhibitor(TAFI)(既知のプロカルボキシペプチダーゼBと同一物質)を活性化する。活性化TAFIは、フィブリン分子のC末端に存在する、組織型プラスミノゲンアクチベータ(tPA)やプラスミノゲン(Plg)の結合部位であるLys残基を切除し、tPAとPlgの結合を阻害してフィブリン溶解(線溶)を抑制する。この作用は傷害局所の修復に有用と考えられている。なお、トロンビン-TM複合体によるTAFIの活性化はPCIによって制御される。

    (3)抗炎症作用

     TMは以下に示す多様な機序で抗炎症作用を発揮する。1)トロンビンによる血管内皮細胞膜上のプロテアーゼ活性型受容体(PAR)-1の活性化を阻害することによる内皮細胞の炎症抑制、2)APCを介する血管内皮細胞の炎症抑制および白血球活性化の抑制(参照:「凝固制御機序(TM-PC-PS系)」)、3)病原物質関連分子群(PAMPs)の一つであるリポポリサッカライド(LPS)のTLR4/CD14への結合阻害、4)細胞傷害関連分子群(DAMPs)のHMGB1やヒストンの捕獲による失活化、5)血管内皮細胞への白血球の接着・活性化の阻害、6)活性化TAFIによる炎症惹起物質のブラジキニンやC3a/C5aの分解失活化、など。


    3.病態との関係

     血管内皮細胞におけるTM遺伝子の発現は、適度なシェアストレス、スタチン、ビタミンA、c-AMP、アデノシン、プロスタグランジンE1、IL-4などで増加し、逆に強度のシェアストレス、高濃度トロンビン、TNF-α、IL-1β、LPS、TGF-β、低酸素、CRPなどで低下することから、種々の炎症性病態におけるTMの発現低下が血栓症の発生や増悪化に関与すると考えられている。TMの遺伝子発現には日内リズムがあり、早朝に低下し、夕刻に増加するため、脳梗塞などの血栓塞栓症の発生頻度が午前中に高い要因の一つにTM遺伝子の関与が示唆されている。

    4.DIC治療薬
     天然のTMと同様な生理活性をもつ遺伝子組換えトロンボモジュリン製剤(TMα)は、敗血症、各種白血病、各種固形癌、救急・外科・産科領域などの疾患でみられる重篤な全身の血管機能障害や多臓器不全をきたす全身性炎症反応症候群(SIRS)やDICに対する治療薬として広く用いられている。さらに、TMαはDIC様病態を呈する造血幹細胞移植時の血管内皮障害による肝中心静脈閉塞症(VOD)や腎障害のHELLP症候群、また、腸管出血性大腸菌や赤痢菌による典型(志賀毒素)HUS血栓性微小血管症(TMA)などの血管内皮症候群にも有効であることが報告されている。

    参考文献

    1)鈴木宏治:トロンボモジュリンとプロテインC. Thrombosis Medicine 2012; 2: 10-17.

    2)鈴木宏冶、本田剛一:内皮細胞のトロンボモジュリン・プロテインCシステム
    による炎症の制御. 別冊BIO Clinica 慢性炎症と疾患, 2013;2:122-127.
    3)鈴木宏冶、本田剛一:トロンボモジュリンの基礎と臨床. 新・血栓止血血管学.
    (分冊3.抗凝固反応と線溶反応)(一瀬白帝、丸山征郎、和田英夫 編集)
    金芳堂.2015(印刷中)