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遺伝子組換えトロンボモジュリン製剤
解説
■概要
ヒトをはじめとする閉鎖循環系生物の血液ー血管系には、生理的条件下での非血栓性と、血管破綻時の速やかな止血血栓形成能という相反する性質が要求される。この特性を付加しているのは血管内皮細胞である。血管内皮細胞は抗血栓性を発現しており、生理的条件の血管内では、血液は非血栓性であるが、血管損傷部位では凝固第VII因子ー組織因子の反応で開始される外因系止血反応と、血小板と血管壁のフォン・ヴィレブランド反応により血小板活性化が起こり、速やかな止血血栓が形成される。特にその表面に存在するトロンボモジュリン(thrombomodulin, TM)はトロンビンを高い親和性で結合捕獲する。するとこのトロンビンは血小板、フィブリン生成能、FV、FVIII活性化能を失い、逆にプロテインC(PC)活性化能が1000倍以上増強される。活性化プロテインC(APC)はFVa、FVIIIa を分解して凝固カスケードをブロックする。従って血管内皮細胞の存在する健常血管部位では血栓は発生せず、血管内皮細胞の脱落した血管部位のみで、止血のための血栓が発生する。トロンボモジュリン製剤は、TMの細胞外部位の遺伝子組換え体である。
TMはそのほかに、HMGB1、ヒストンなどのdamage-associated molecular patterns (DAMPs) とエンドトキシンなどのpathogen-associated molecular pattern (PAMPs) とも結合し、その活性を中和することも明らかになっている。
■遺伝子組換えTM(rTM)
TMはレクチン様構造ドメイン(D1)と6個のEGF様構造ドメイン(D2)とO型糖鎖結合部位(D3)と細胞膜貫通ドメイン(D4)、細胞内部位(D5)から構成されていて、D3 部位の糖鎖は、GAG(グリコサミノグリカン)を含むタイプ(Ⅱ型)と含まないⅠ型がある。創薬化された遺伝子組換えTM(rTM)はⅠ型TMで、ヒトTMの1~498番目のアミノ酸残基(D1、D2、D3を含む細胞外領域)からなる分子量64,000の糖タンパクをCHO細胞に発現させたものである。
■rTM製剤の国内第3相試験
播種性血管内凝固症候群(DIC)患者を対象に、rTMの臨床治験がヘパリンを対照薬として行われた。rTM(380U/kg)を1日1回30分、6日間、静脈投与された。結果は、rTM群224例中66.1%がDICから離脱した(ヘパリン群49.9%)。DIC離脱率は造血器悪性腫瘍、感染症の両者を併合して解析した結果、ヘパリン群に対し、非劣性が証明された(参考文献2)。その後、感染症に合併したDIC80例のサブ解析の結果もrTM群で67.5%とヘパリン群に勝っていた。死亡率はrTM群で1/27例、ヘパリン群で3/20例だった(参考文献3)。
敗血症患者におけるrTM製剤投与の有効性と安全性を検討した国際共同ランダム化比較試験である(参考文献4)。敗血症患者(Sepsis-2基準)のうちPT-INR > 1.4かつ血小板 < 150,000/μLでICU入室中の成人患者を対象とし、rTM 0.06 mg/kgを1日1回、最大6日間静脈投与する群とプラセボ群にランダムに割り付けた。主要評価項目は28日全死亡率で、rTM群(395例)の28日死亡率は26.8%、プラセボ群(405例)の28日死亡率は29.4%で、統計学的に有意な差は認められなかった。この海外第3相試験においては、対象患者がDIC患者ではなかったが、TATが上昇していてDIC状態と考えられる症例においては、有効性が示唆される傾向を認めている(参考文献5)。出血イベントの発生率は両群で有意な差はなかった。
■rTM製剤のガイドライン上での推奨
日本血栓止血学会の播種性血管内凝固(DIC)診療ガイドライン2024において、造血器腫瘍に伴うDIC に対してrTM製剤を投与することを弱く推奨(CQ-4, GRADE 2B)、固形がんに伴うDIC に対してrTM 製剤を投与することを弱く推奨(CQ-12, GRADE 2C)、敗血症に伴うDIC に対してrTM製剤を投与することを強く推奨(CQ-19, GRADE 1B)している(参考文献6)。
図表
図 血管内皮細胞のトロンボモジュリンの概念図
NO: Nitric Oxide、一酸化窒素、ADPase: ADP 分解酵素、AT:antithrombin、TFPI: Tissue Factor Pathway Inhibitor、TM:Thrombomodulin、t-PA: Tissue Plasminogen Activator表 rTM のDIC 改善率(7日後)
参考文献
1) K Suzuki, Y Deyashiki, H Kusumoto, Y .et al: Structure and expression of human thrombomodulin, a thrombin receptor on endothelium acting as a cofactor for protein C activation. EMBO J 6(7): 1891-1897, 1987.
2) Saito, H., Maruyama, I., Shimazaki, S: Eficacy and safety of recombinant human soluble thrombomodulin (ART-123) in disseminated intravascular coagulation: result of a phase III, randomized,double blind clinical trial. J Thromb Haemost 5(1): 31-41, 2007.
3) Aikawa N, Shimazaki S, Yamamoto Y et al: Thrombomodulin alfa in the treatment of infectious patients complicated by disseminated intravascular coagulation: subanalysis from the phase 3 trial. Shock 35(4): 349-54, 2011.
4) Vincent JL, Francois B, Zabolotskikh I, et al: Effect of Thrombomodulin Alfa on Mortality in Patients With Sepsis-Associated Coagulopathy: The SCARLET Randomized Clinical Trial. JAMA 321(20): 1993–2002, 2019.
5) Levi M, Vincent JL, Tanaka K et al; Effect of a Recombinant Human Soluble Thrombomodulin on Baseline Coagulation Biomarker Levels and Mortality Outcome in Patients With Sepsis-Associated Coagulopathy. Critical Care Medicine 48(8): 1140-1147, 2020.
6) 関義信,岡本好司,池添隆之, et al: 播種性血管内凝固(DIC)診療ガイドライン2024. 日本血栓止血学会誌 36 巻 1 号: 68-156, 2025.