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  • 白血球エラスターゼ leukocyte elastase

    2025/05/07 更新
    2015/02/17 作成

    解説

    1.概要

    白血球エラスターゼは、国際生化学・分子生物学連合(IUBMB)によりEC 3.4.21.37に分類され、常用名としてleukocyte elastaseが用いられる。最近ではneutrophil extracellular trapsNETs)に関連する病態が注目されており、好中球エラスターゼ(neutrophil elastase)などと呼称されることも多い。

    白血球エラスターゼは分子量が約29,000のセリンプロテアーゼで、主に骨髄系前駆細胞で産生され、成熟好中球や単球のアズール顆粒中に貯蔵される。pHが中性の環境下でバリンやアラニン、あるいはロイシンなどのカルボキシル側のペプチド結合を切断する。基質特異性が低く、血管外ではコラーゲンエラスチンラミニンなど細胞外マトリックスを構成するほとんどのタンパクを分解する。一方、循環血液中ではα1アンチトリプシンやα2マクログロブリンなどにより活性が調節され、血液凝固因子や補体因子、免疫グロブリンやサイトカインなどを分解する。

     

    2.病態

    白血球エラスターゼは、好中球が病原微生物や組織損傷などにより活性化されると、アズール顆粒から細胞質へ放出される。アクチンフィラメントを分解し好中球の貪食作用を抑制する一方で、核内に移動しヒストンを部分的に分解する。ゲノムDNAやヒストンからなるクロマチンが脱濃縮され、ミエロペルオキシダーゼやカテプシンGなどとともにNETsを形成し細胞外に放出される。白血球エラスターゼはDNAに付着することで長時間にわたり酵素活性を維持し、NETsの直接的な殺菌機能を担う。またprotease activated receptor (PAR)2や血液凝固第V因子などを活性化するとともに、組織因子経路阻害因子(TFPI)を分解しウロキナーゼ型プラスノゲン活性化因子(uPA)を不活化することにより、血小板血栓やフィブリンの形成を促進する。これらの作用はNETsによる免疫血栓(immunothrombosis)として病原微生物の局在化に寄与するが、一方で生じたフィブリンを分解することも明らかにされている。白血球エラスターゼは生体防御に不可欠であるが、その過剰な作用が血管内に血栓形成や血管内皮細胞傷害による臓器虚血を引き起こす。白血球エラスターゼによるフィブリン血栓溶解と組織障害とのバランスを保つことは、血栓炎症(thromboinflammation)を回避するための重要な治療戦略となり得るかもしれない。

     

    3.疾患

    病原微生物の侵入がない場合には、白血球エラスターゼなどのタンパク分解酵素を含んだ好中球由来のヌクレオソームが、心筋梗塞や脳卒中などの動脈血栓症に関わる可能性がある。

    周期性好中球減少症などの先天性好中球減少症は、白血球エラスターゼをコードするELA2遺伝子の変異による常染色体顕性遺伝性疾患である。変異タンパクが細胞内輸送の障害により蓄積し細胞毒性をもたらすと考えられる。

    慢性閉塞性肺疾患(COPD)や炎症性腸疾患(IBD)などでは白血球エラスターゼが病態の進展に関わるとされる。ただし特異度が低いため、疾患の診断などバイオマーカーとしての有用性は明らかでない。一方で、産婦人科領域では細菌感染による頚管炎や早産などの診断に用いられることがある。また白血球エラスターゼの特異的阻害薬は、細胞外マトリックスの過剰な分解を抑制する作用をもつことから、全身性炎症反応症候群(SIRS)に伴う急性肺障害の治療に用いられる。

    急性前骨髄球性白血病(APL)ではPML::RARAにより生じるPML-RARα融合タンパク質が白血球エラスターゼにより分解されることが報告されているものの、その意義については明らかでない。好中球が白血球エラスターゼを放出し、がん細胞特異的に殺作用を発揮し腫瘍の進展を抑制することが示されている。

    参考文献

    Qiu Y, Lin J, Wang A, et al. Clinically relevant clot resolution via a thromboinflammation-on-a-chip. Nature 2025. DOI: 10.1038/s41586-025-08804-7.

    Cui C, Chakraborty K, Tang XA, et al. Neutrophil elastase selectively kills cancer cells and attenuates tumorigenesis. Cell 2021;184(12):3163-3177 e21.

    Papayannopoulos V. Neutrophil extracellular traps in immunity and disease. Nat Rev Immunol 2018;18(2):134-147.