大分類
  • 線溶
  • 小分類
  • 治療
  • 周術期の線溶系と抗線溶療法 Perioperative fibrinolysis and antifibrinolytic therapy

    2022/03/31 更新
    2015/02/17 作成

    解説

    1.線溶について
    線溶とは線維素溶解の略称であり、線維素とはフィブリンを指す。先行するフィブリン血栓形成に対して、これを分解しようと活性化する線溶反応を二次線溶、フィブリン産生にかかわらず何らかの理由で活性化した線溶系によって産生したプラスミンがフィブリン・フィブリノゲンを分解する現象を一次線溶と呼ぶ。周術期の止血管理にかかわるのは主に二次線溶だが、二次線溶自体は生理現象であり、線溶亢進による止血困難や血栓症などの血液凝固異常は線溶線溶制御のバランスの破綻によって生じる。


    2.周術期の線溶

    生理的条件下の液相中では組織型プラスミノゲンアクチベータ(tPA)がプラスミノゲンを限定分解してプラスミンを産生する反応はほとんど起きない。手術操作に伴う血管損傷は凝固系を活性化しフィブリン血栓の産生を促す。tPAとその基質であるプラスミノゲンはフィブリン分子中のリジンに親和性が高く、フィブリンが生じるとフィブリン分子上に両者が集合しプラスミン産生が効率よく進む(図1)。しかし、プラスミンによるフィブリン分解は活性化第XIII因子によってフィブリン分子上に結合したα2プラスミンインヒビター(α2PI)によって阻害され、フィブリン血栓が即時に分解されることはない。

     図2に心臓外科手術での人工心肺中の線溶系因子の変化を示すが、人工心肺を開始するとtPAの血中濃度は急速に上昇するが、tPAが上昇してもプラスミン活性を反映するプラスミン・α2プラスミンインヒビター複合体(PIC)の血中濃度が速やかに上昇するわけではない1)。むしろ、時間経過とともに進行するトロンビン産生とその結果生じた可溶性フィブリンの動態に呼応してPICは上昇し、それとともにDダイマーの濃度も上昇している。人工心肺装置の使用は血液希釈や組織環流圧の低下を生じ、血管内皮細胞からのtPAの分泌は亢進する。その結果、人工心肺開始と同時にtPAの血中濃度は急速に上昇するが、tPAの上昇のみでは効率的なプラスミン産生には至らない。しかしトロンビン活性の上昇によってフィブリン産生が進むとtPAとプラスミノゲンが近接する場が生じ、プラスミン産生が亢進する。大量出血症例などでも出血による血圧低下、輸液による血液希釈は血管内皮細胞からのtPA分泌を促進し、同時に生じる凝固系の活性化によってプラスミン活性は上昇する。周術期の線溶亢進の多くは凝固系の活性化が先行する二次線溶であり、脳梗塞や肺血栓塞栓症などの血栓溶解療法(tPAやウロキナーゼの投与)では一次線溶の亢進がみられる。術後の線溶系マーカーは術後3日から1週間をピークとして上昇し、その後は1~2週間程度で正常値まで低下する。


    3.病的線溶をきたしやすい病態

    二次線溶は生理的現象だが、プラスミンによるフィブリン分解が病的(止血異常)となるか否かは線溶制御因子とのバランスに依存する。周術期異常線溶の多くはプラスミン活性に対しα2PI活性が低下した状態で生じ、フィブリン(フィブリノゲン)分解から出血傾向となる。血中のα2PIはプラスミノゲンに対しモル比で40%程度しか存在せず、線溶系の活性化によって消費性に低下しやすい2,3)。また大量出血時は血液希釈によってα2PIが低下し、α2PI による阻害を逃れたプラスミンは液相中でフィブリノゲンをも分解して低フィブリノゲン血症を悪化させ止血をより困難にする。プラスミンによるフィブリノゲン分解はα2PI の活性が50%以下に低下した場合に認められ、α2PI低下が進行すると止血血栓形成不全にくわえ脆弱な止血血栓がプラスミンによって容易に分解され止血不全となる。また、α2PI活性が正常であってもtPA製剤投与やtPA産生腫瘍が存在する状態ではtPAによるプラスミン産生の亢進がα2PIによる阻害を凌駕するためフィブリン分解に加え、フィブリノゲン分解による低フィブリノゲン血症によって出血傾向となる。


    4.抗線溶療法

    トラネキサム酸はプラスミノゲンのリジン結合部位に結合し、フィブリンへの結合を阻害することによってフィブリン血栓上でのプラスミン産生を抑制する。トラネキサム酸の効果は必ずしも血中濃度に依存せず、投与量・投与方法は疾患や術式によって異なるが、腎排泄なので腎機能低下例では血中濃度の上昇に留意が必要である。心臓外科手術を中心にトラネキサム酸大量投与と痙攣の関連が報告されており、短時間での高用量投与では痙攣に注意が必要である4)

    図表

    • 図1 血管損傷部位でのプラスミン産生
      プラスミノゲン(PNG)と組織型プラスミノゲンアクチベータ(tPA)によるプラスミン(PMN)産生は血管損傷部位に形成されたフィブリン血栓上で効率よく起こる。一方、液相中に遊離したプラスミンはα2プラスミンインヒビター(α2PI)によって阻害され、その活性が局所に限局するように調節を受けている。また、α2PIはフィブリン上に固相化され、フィブリン分解を抑制している。
    • 図2 人工心肺中のトロンビン活性および線溶系因子の変化
      人工心肺中はヘパリンの使用にも関わらず時間経過とともにトロンビン活性が上昇し、可溶性フィブリンの濃度も上昇する。tPAは人工心肺開始後速やかに上昇するが、プラスミン活性は時間経過とともに徐々に上昇する。プラスミン活性の変化は必ずしもtPAの変化に呼応しているわけではなく、むしろ可溶性フィブリンの上昇に伴ってプラスミン活性も上昇する。(J Anesth 2010; 24:96-106より引用)

    引用文献

    1) Ide M, Bolliger D, Taketomi T, Tanaka KA. Lessons from the aprotinin saga: current perspective on antifibrinolytic therapy in cardiac surgery. J Anesth 24: 24: 96-106, 2010.

    2) Aoki N. Discovery of alpha 2-plasmin inhibitor and its congenital deficiency. J Thromb Haemost 3: 623-631, 2005.

    3) Okajima K, et al. Direct evidence for systemic fibrinogenolysis in patients with acquired alpha 2-plasmin inhibitor deficiency. Am J Hematol 45: 16-24, 1994.

    4) Lecker I, Wang DS, Romaschin AD, Peterson M, Mazer CD, Orser BA: Tranexamic acid concentrations associated with human seizures inhibit glycine receptors. J Clin Invest 122: 4654-4666, 2012.