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メタボリックシンドロームと線溶
解説
【病態・病因】
メタボリックシンドロームは内臓脂肪蓄積が中心的な役割を果たし、高血糖、脂質代謝異常、血圧高値などの心血管疾患の危険因子が重複した病態である1)。これらの因子は相乗的に動脈硬化性疾患を増加させる危険因子であり、その予防のために治療対象として定義された1)。
メタボリックシンドロームにおけるPAI-1(plasminogen activator inhibitor-1)の血中濃度上昇には、主に4つの機序が関与すると考えられている。まず、脂肪細胞はPAI-1の主要な分泌源であり、肥満により脂肪細胞が増加すると、それに伴ってPAI-1の産生も増加し、血中濃度が上昇する2)。次に、内臓脂肪の過剰な蓄積は脂肪細胞の分解(リポリシス)を促進し、遊離脂肪酸を放出する。これらの脂肪酸はToll様受容体4(TLR4)を刺激し、脂肪組織に慢性炎症を引き起こすことでPAI-1の転写を促進する3)。さらに、このような慢性炎症はインスリン抵抗性を悪化させ、高インスリン血症を引き起こすが、高インスリン状態そのものがPAI-1の転写を亢進する作用をもつ4)。加えて、慢性炎症は交感神経系やレニン–アンギオテンシン系を活性化させ、炎症性アディポカインである腫瘍壊死因子(TNF-α)、インターロイキン(IL-1、IL-6)の分泌を増加させる一方で、抗炎症性アディポカインであるアディポネクチンの分泌を抑制する。これら炎症関連因子の変動も、PAI-1の発現を強く誘導する要因として働いている5)。
線溶系の主要な阻害因子であるPAI-1は、組織型プラスミノゲンアクチベータとウロキナーゼ型プラスミノゲンアクチベータを阻害することにより、プラスミンの産生を抑制し、線溶の過剰な活性化による出血傾向を防ぐという、生理的な役割を担うセリンプロテアーゼインヒビターである6)7)。しかし、炎症が生じるとPAI-1の発現は著しく増加し、過剰な抑制作用によって線溶が阻害され、血栓形成を助長する血栓傾向が引き起こされる。
PAI-1は血管平滑筋細胞や血管内皮細胞において発現しており、炎症刺激によってこれらの局所組織でのPAI-1発現が増加すると、フィブリン血栓の形成が促進されるとともに、細胞外マトリックスの分解が抑制され、血管壁への沈着が進み、結果として動脈硬化の進展にも関与すると考えられている。また、上述のようにPAI-1は内臓脂肪を中心とする脂肪細胞からも分泌されるアディポカインの一種であり、肥満や高脂血症を伴うメタボリックシンドローム患者、あるいはその予備群においては血中PAI-1濃度が上昇しており、それが血栓症発症の誘因となっていると推測される6)7)。
このように、血栓傾向や動脈硬化性病変の進展に関与するPAI-1の発現は、メタボリックシンドロームに包含される肥満、糖尿病、高脂血症、高血圧といった各病態において顕著に増強しており、それがメタボリックシンドロームにおける血栓症のリスクを高める一因であると考えられている。
【疫学】
厚生労働省の「国民健康・栄養調査(令和5年)」8)によると、メタボリック症候群が強く疑われる者の割合は男性で27.5%、女性で11.9%と報告されている。また、予備群を含めると、男性の52.9%、女性の20.2%が該当することとなり、依然として高い有病率を示し、増加傾向がみられる。
【検査と診断】
メタボリックシンドロームの定義1)
1. 必須項目:内臓脂肪(腹腔内脂肪)蓄積
ウエスト周囲長 男性: 85cm以上、 女性: 90cm以上。(内臓脂肪面積≧100cm2
2. 上記1に加え、以下の3項目のうち2項目以上を満たすものをメタボリックシンドロームと診断する。
1) 脂質異常
トリグリセライド値:150mg/dL以上 かつ/または
HDLコレステロール値:40mg/dL未満 (男女とも)
2) 血圧高値
収縮期血圧:130mmHg以上 かつ/または
拡張期血圧:85mmHg以上
3) 高血糖
空腹時血糖値:110mg/dL以上
【治療の実際】
メタボリックシンドロームにおける治療の最終的な目標は、この病態が引き起こす動脈硬化の発症および進展を防ぐことである。そのため、メタボリックシンドロームの中心的な病態である脂肪蓄積の進行を抑制し、あるいはそれを解消することを目的に、まず食事療法によって摂取エネルギーを適正化するとともに、運動療法により脂肪の燃焼を促進することが基本的な治療戦略となる9)。実際、カロリー制限によって脂肪組織における炎症性アディポカインやPAI-1の発現が減少することが報告されており、このような生活習慣の改善がPAI-1を介した血栓傾向の抑制にもつながる可能性が示唆されている。さらに、生活習慣の改善だけでは十分にコントロールできない危険因子、すなわち耐糖能異常、脂質代謝異常、高血圧などに対しては、必要に応じて薬物療法を併用することも検討される9)。加えて、動脈硬化の独立した危険因子である喫煙に対しては、禁煙を指導し、リスク低減を図ることも重要である。GLP-1 (glucagon-like peptide-1)受容体作動薬は、糖尿病および肥満症の治療薬として使用される中で、心血管疾患の予防効果についてもエビデンスが蓄積されつつある。なかでも、GLP-1受容体作動薬の一つであるリラグルチドには、脂肪蓄積抑制作用に加え、血中PAI-1濃度を低下させる効果が報告されており10)メタボリックシンドロームにおけるPAI-1過剰発現という病態に対する新たな介入手段としての可能性があると期待されている。
引用文献
1) メタボリックシンドローム診断基準検討委員会 日本内科学会誌2005;94;794-809.
2) Bastelica D et al. “Adipose tissue as a major source of plasminogen activator inhibitor-1 in morbid obesity: possible link with hepatic insulin resistance.” Thromb Haemost. 2002 Dec;88(6):1002–1007.
3) Shoelson SE, Lee J, Goldfine AB. “Inflammation and insulin resistance.” J Clin Invest. 2006 Jul;116(7):1793–1801. doi:10.1172/JCI29069.
4) Alessi MC, Juhan-Vague I. “PAI-1 and the metabolic syndrome: links, causes, and consequences.” Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2006 Oct;26(10):2200-7. doi:10.1161/01.ATV.0000242905.41404.3b.
5) Samarakoon R, Higgins SP, Higgins PJ. “TGF-β1 signaling in tissue fibrosis: redox controls, target genes and therapeutic opportunities.” Cell Signal. 2013 Jul;25(7):264-268. doi:10.1016/j.cellsig.2013.01.008.
6) Ghosh AK, Vaughan DE. “PAI-1 and atherothrombosis.” Journal of Thrombosis and Haemostasis, 2005;3(8):1879–1888.
7) Declerck PJ, Gils A. “PAI-1: a multifaceted serpin.” Frontiers in Cardiovascular Medicine, 2021;8:653655.
8)厚生労働省 令和5年度 国民健康・栄養調査結果の概要について
9)肥満症診療ガイドライン2022
10)Mashayekhi M, Beckman JA, Nian H, et al. “Comparative effects of weight loss and incretin-based therapies on vascular endothelial function, fibrinolysis and inflammation in individuals with obesity and prediabetes: A randomized controlled trial” Diabetes Obes Metab. 2023 Feb;25(2):570-580.