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妊娠分娩時の抗凝固療法
解説
1) 急性静脈血栓塞栓症(VTE)に対する治療的抗凝固療法
a)妊娠中から分娩時
妊娠中から分娩時にかけての妊娠関連-急性深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症(DVT/PTEあわせてVTEと表記する)では薬物治療の第一選択は抗凝固療法である。治療的抗凝固療法は未分画ヘパリンによるfull-dose抗凝固療法もしくは用量調節抗凝固療法である。経静脈投与としては、初回投与として未分画へパリン5000単位を静注ののち1400単位/時をおこないAPTT(activated partial thromboplastin time)が正常対照の1.5~2.5倍延長するように6時間ごとに測定して調節する。皮下投与としては、初回投与として未分画へパリン3500単位を皮下注射ののち投与4時間後のAPTT が正常上限となるように、8時間毎に未分画ヘパリンを前回投与量±500単位で皮下注射する。なお添付文書では初回に15,000~20,000単位、続いて維持量として1回10,000~15,000単位を1日2回、12時間間隔で皮下注射する。2週間前後で血栓の評価を行い、器質化し新たな血栓形成が認められなければ予防的抗凝固療法へ移行する。なお、ワルファリンは妊娠中、胎児移行があるため原則投与禁忌である。
b)分娩後
分娩後発症の急性VTE例での薬物治療の第一選択はヘパリンなどによる抗凝固療法である。再発予防薬剤としてワルファリンを使用するが、ヘパリン併用投与の期間を設ける。分娩後では3~5日間未分画ヘパリンを併用しながら、経口可能ならワルファリンを経口投与する。国際的に標準化されたPT-INR(international normalized ratio)においては2.0から3.0を目標に投与する。先天性血栓性素因のない場合は10から12週間程度の投与を考慮する。産褥期の過凝固能の正常化とワルファリンの分解酵素活性能の個人差(最大10倍差があると言われている)があり、維持量の設定に時間のかかることがある1)。
なお、近年、VTEに対する抗凝固療法に用いられる直接経口抗凝固薬(Direct Oral Anticoagulants: DOAC)については、産婦人科診療ガイドライン産科編2023年版2)では妊娠女性や胎児の安全性は不明であり、かつ乳汁以降が認められているため妊娠中並びに授乳中は使用しない。ただし、HITやアレルギー反応などやむを得ない事情がある場合には限定的投与が可能としている。日本の添付文書ではエドキサバンについて妊婦もしくは妊娠している可能性のある女性において有益性投与としているが、リバーロキサバンでは禁忌としている。今後投与例の蓄積データにより安全性が示されるまでは、未分画ヘパリンの代替の選択肢としては投与を避ける必要がある。
2)VTEリスクを有する妊産婦に対する予防的抗凝固療法
a)妊娠中から分娩時
産婦人科診療ガイドライン産科編2023年版2)では妊娠期間中のVTEの予防についてリスク群を3群に分けVTE予防対策を提示している。高リスク群は妊娠中の抗凝固療法実施、中リスク群は妊娠中の抗凝固療法を検討、低リスク群は危険因子を3つ以上有している場合、予防的抗凝固療法を検討する(C:考慮される)としている(詳細は参考文献参照)。
b)分娩後
同ガイドライン2)では分娩後のVTE危険因子を3群に分けVTE予防対策を提示している。第1群は分娩後、抗凝固療法あるいは抗凝固療法と間欠的空気圧迫法との併用が必要なものとし、1)VTE既往、もしくは2)妊娠中VTE予防もしくは治療のため長期間の抗凝固療法が実施されたものとしている。第2群では分娩後抗凝固療法あるいは間欠的空気圧迫法が必要な例として血栓性素因を有し第3群に示す危険因子を有している場合などとしている。第3群では分娩後抗凝固療法あるいは間欠的空気圧迫法が検討される例として、35歳以上、肥満など危険因子を2つ以上有しているとしている(詳細は参考文献参照)。
日本では妊娠関連VTEの治療およびその再発抑制には未分画ヘパリンが第一選択となる2)(高用量のフォンダパリヌクスには急性VTEの治療の適応がある)。一方、北米及び英国では妊娠関連VTEの治療およびその再発抑制には低分子量ヘパリンが第一選択とされる3)4)5)6)。HIT発症例や、アレルギーではフォンダパリヌクスといった合成第Xa阻害薬が推奨されている3)。
参考文献
1) 杉村基:産婦人科領域における血液凝固阻害薬-その特殊性と今後の適正使用の検討,産科と婦人科 65:931-936,2010.
2) 日本産婦人科学会/日本産婦人科医会:診療ガイドライン 産科編 2023年版.
3) American College of Chest Physicians: Evidence-Based Clinical Practice Guidelines (9th Edition) Venous thromboembolism,thrombophilia, antithrombotic therapy, and pregnancy. 141: e691S-e736S, 2012
4) Royal College of Obstetrician and Gynaecologists: Reducing the risk of thrombosis and embolism during pregnancy and the puerperium Green-top Guideline No.37a p1-40, 2015
5) ACOG Practice Bulletin No.196 Thromboembolism in pregnancy. Obstet Gynecol 2018;132: e1-e17
6) Bates AM et al. American Society of Hematology 2018 guidelines for management of venous thromboembolism: venous thromboembolism in the context of pregnancy. Blood adv 2018; 2:3317-3359