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癌と凝固
解説
<悪性腫瘍と血栓傾向>
悪性腫瘍の存在は血栓傾向の原因の一つと考えられている。特に、深部静脈血栓症(DVT)や肺血栓塞栓症(PTE)と言った静脈血栓塞栓症(VTE)の発症頻度が高くなることが良く知られている。換言すれば、静脈血栓塞栓症の症例に遭遇した場合には、他に原因がなければ悪性腫瘍が潜んでいる可能性を考慮する必要がある。
また、悪性腫瘍は、究極の血栓症である播種性血管内凝固(DIC)の基礎疾患としても知られている。DICには、多くの基礎疾患が知られているが、固形癌、急性白血病、敗血症は三大基礎疾患として知られている。つまり、悪性腫瘍(造血器悪性腫瘍、固形癌)は、DICの基礎疾患として極めて大きな位置を占めることになる。
<化学療法と血栓傾向>
血栓傾向にある悪性腫瘍患者に対して、抗腫瘍薬による化学療法を行うと、血栓傾向がさらに増強して血栓症を発症することがある。この原因としては、一部の抗腫瘍薬に特有の血栓傾向の副作用(サリドマイドとその誘導体、ATRA、トラネキサム酸、L-アスパラギナーゼなど)、抗腫瘍薬による腫瘍細胞の破壊に伴う組織因子の放出、血管内皮の障害などが原因として考えられる。
<悪性腫瘍における凝固活性化の機序>
悪性腫瘍における血栓傾向やDIC発症の主因は、腫瘍細胞表面および腫瘍細胞中に含まれる組織因子による外因系凝固機序の活性化と考えられている(図1)。その他には、腫瘍細胞に対する免疫反応により単球/マクロファージが刺激され、単球/マクロファージより組織因子が産生される機序や、悪性腫瘍患者において誘導されるTNF、IL-1といったサイトカインが血管内皮細胞に作用し、血管内皮細胞における組織因子の産生が亢進したり、トロンボモジュリンの発現が抑制されることにより、血管内皮細胞の性質が抗凝固から向凝固にシフトされることなどが考えられている。
ただし、このような腫瘍に対する免疫反応やサイトカイン産生などに伴う凝固活性化の機序は、敗血症と比較するとはるかにその比重は小さいものと考えられている。
腫瘍細胞からは、組織因子のみならずcancer procoagulant(凝固第X因子を直接活性化するシステインプロテアーゼであり、VIIa、IXaなどのセリンプロテアーゼとは凝固第X因子の切断部位が異なる)も放出されている。cancer procoagulantは、ヒト胎盤、肺癌、大腸癌、白血病細胞に存在し、癌特異性が比較的高いとされているが、実際の臨床症例においてどの程度凝固活性化に関与しているかどうかについては議論の余地がある。
悪性腫瘍症例においては、血中TAT(トロンビン-アンチトロンビン複合体)やF1+2(プロトロンビンフラグメント1+2)は高値で、組織因子は2/3例、活性型凝固第VII因子は半数例で異常高値であったのに対し、内因系凝固活性化のマーカーである活性型凝固第XII因子はごく一部の症例でのみ高値であったとする報告がみられている。この報告からも、悪性腫瘍における凝固活性化機序は、組織因子の関与する外因系凝固活性化が主体であろうと考えられる。
図表
参考文献
1) 朝倉英策:播種性血管内凝固症候群(DIC),朝倉英策編,臨床に直結する血栓止血学.中外医学社,2018,286-299.
2) 朝倉英策:癌と血栓症,高久史麿他編,Annual Review 2015.中外医学社,2015,239-254.