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PAI-1欠乏症 PAI-1 deficiency
解説
【病態・病因】
ヒトのplasminogen activator inhibitor-1(PAI-1)遺伝子はSERPINE1と呼ばれ、第7染色体(7q22.1)に約12 kbの領域で9つのエクソンでコードされている。欠乏症の表現型は出生時の臍出血から始まり、偶発的な創傷の治癒過程での後出血、抜歯時の後出血、月経後期から始まる過多月経、自然妊娠後の妊娠中期以降(およそ妊娠12週頃から)からの大量性器出血とそれに続く自然流産、と多種多様な出血傾向を示す。これらの出血は激烈な症状となり、輸血なしでは救命は不可能であることがほとんどである。しかしながら、平常時における出血傾向のスクリーニング検査(プロトロンビン時間、活性化部分トロンボプラスチン時間、フィブリン・フィブリノゲン分解産物、血小板数など)においては全く異常を示さない。
ヒトPAI-1欠乏症の報告は非常に少なく遺伝子解析において確定している家系は現時点では3家系しか存在しない(2025年5月時点)。1家系目は米国のAmishと呼ばれる独自の生活様式を持つ集団に広がる変異で、エクソン4に2塩基の挿入が起こり発症する(データベースではc.699_700del; p.Tyr233_Thr234insTerと表記されているが、2塩基挿入なので正しくはc.699_700dup; p.Tyr233_Thr234insTerと思われる)。2家系目は日本の症例で、エクソン3に1塩基の挿入が起こり発症する (c.356dupC; p.Ile120AspfsX42)。この2例の場合、翻訳されたmRNAには変異によりフレームシフトが生じ、その結果、新たなストップコドンが出現する。このような途中のエクソンに出現するストップコドンが存在するmRNAは、ナンセンス変異依存性mRNA分解機構により早期に分解されてしまうため発現量は激減し、そこからかろうじて翻訳される不完全なタンパク質も、分泌されずに小胞体で処理されるため、PAI-1欠乏症となる。3家系目も日本の症例であるが、エクソン9のC末端から6アミノ酸目であるGly397がArgに変異しているために発症する(c.1189G>C; p.Gly397Arg)。Gly397はPAI-1の構造上s5Bに存在し、Gly397Arg変異により、翻訳途中にポリマー化を起こし、分泌障害によって欠乏症を引き起こす。このs5BのGlyはほぼすべてのSERPIN分子で保存されており、アンチトロンビンの場合は分泌障害による欠乏症のみでなく、細胞内蓄積により小胞体ストレスを誘発し肝細胞障害による肝硬変を引き起こすことが知られている。
一般的な臨床検査においてはPAI-1抗原量の上昇が血栓症やメタボリック症候群と関連していることから、低値のPAI-1抗原を判断するようには設定されていないため、PAI-1抗原の欠損または機能低下によるPAI-1機能欠乏症といった症例はかなりの頻度で見逃されている可能性がある。欠乏症の検出のためには特殊な線溶検査が必要であり、一般的な検査センターでは対応できない。また、確定診断には遺伝子解析も必要となるため、検査センターでは対応が困難であり、専門研究機関での解析が必要となる。
ヒトPAI-1欠乏症が非常に少なく、抗原量あるいは活性低下状態の検出系が確立されていないにもかかわらず、in vivoでのPAI-1機能が広く認識されるようになった背景の一つにノックアウトマウスの活用があげられる。マウスのPAI-1遺伝子はSerpine1と呼ばれ、第5染色体(5 G2; 5)に約11 kbの領域で9つのエクソンでコードされている。近傍に存在する他の遺伝子の配置を含めてヒトの遺伝子と非常に類似している。従って、in vivoでのPAI-1機能を考慮するうえで十分にヒトとの相同性が担保されていると考えられてきた。しかしながら、ノックアウトマウスは全く出血傾向を呈さず、創傷治癒も正常であり、妊娠出産においても全く異常を呈さないことが判明している。これらのことを踏まえて、ヒトにおけるPAI-1の機能については再度考慮する必要があると考えられる。
最近、PAI-1欠乏症の1家系である米国の症例から心筋の線維化を伴う心筋症による死亡例が報告された。この現象は、一部のノックアウトマウスでも報告されているものと類似しており、遺伝子異常と種のバックグラウンドにおける関連が推測され、詳細の解明が急がれる。また、他の線溶異常症と合わせて先天性のPAI-1欠乏症は出血性線溶異常症として指定難病に認定された(指定難病347)。
参考文献
1) Iwaki T, Urano T, Umemura K: PAI-1, progress in understanding the clinical problem and its aetiology. Br J Haematol 157: 291-298, 2012.
2)Iwaki T, Nagahashi K, Takano K, Suzuki-Inoue K, Kanayama N, Umemura K, Urano T: Mutation in a highly conserved glycine residue in strand 5B of plasminogen activator inhibitor 1 causes polymerisation. Thromb Haemost 117: 860-869, 2017.
3)Khan SS, Shah SJ, Strande JL, Baldridge AS, Flevaris P, Puckelwartz MJ, McNally EM, Rasmussen-Torvik LJ, Lee DC, Carr JC, Benefield BC, Afzal MZ, Heiman M, Gupta S, Shapiro AD, Vaughan DE: Identification of Cardiac Fibrosis in Young Adults With a Homozygous Frameshift Variant in SERPINE1. JAMA Cardiol 6:841-846, 2021