- 大分類
-
- 凝固
- 小分類
-
- 病態
妊娠と凝固
解説
1.妊娠・分娩・産褥における凝固因子の推移
妊婦血液の生理的変化は、劇的である。妊娠経過とともに循環血液量の増加、凝固亢進、線溶抑制などがみられ、各種の血液検査値も非妊時とは大きく異なる。さらにまた、妊娠中に変化した血液学的所見は分娩・産褥を期に大きく変化し、非妊時の値に復する。したがって血液検査値の正常か否かの解釈が妊娠・分娩・産褥それぞれの時期において異なるため、正常妊婦におけるその変動を把握していなければならない1)。
妊娠時は血液凝固第XIII因子を除くほとんどすべての凝固因子の増加がみられ、妊娠末期には非妊娠時の1.5~2倍に増加するが、分娩後は非妊娠時の値に復する(表12))。これは妊娠中増加するエストロゲン(E)の影響により肝臓での産生が亢進するためである。したがって、母体に何らかの先天性凝固因子低下症があっても、それが完全欠損でない限り、妊娠末期になると低下因子は増加し健常者の値に近づく。また完全欠損であってもそれが内因系凝固因子の場合には、妊娠により働きが亢進した外因系凝固機序によって補われる。一方、凝固因子増加にもかかわらず凝固系の主要なインヒビターであるアンチトロンビン(AT)活性やプロテインC活性は妊娠中ほとんど変化せず、またプロテインS(PS)活性は妊娠経過とともに減少するため抗凝固作用は低下する(表23))。この結果、線溶系の抑制と相まって、全体としては過凝固状態となる。この状態は妊娠維持、分娩時出血の止血に合目的的である反面、血栓症やDICを起こしやすい状態でもある。Eは肝細胞内に取り込まれると受容体であるERαと結合し、単量体のままPS遺伝子に結合して転写を抑制することで、PS発現を抑制し凝固作用を亢進する4)。したがって、PS活性の低下は妊娠初期からみられており、妊娠中、とくに妊娠初期に血栓症発症が多いことの理由でもある5)。この傾向は血栓性素因保有妊婦でより著明である6)。
2.トロンボエラストグラフィ(thromboelastography:TEG)/トロンボエラストメトリー(rotational thromboelastometry:ROTEM)による凝固亢進の証明
全血を用いて客観的に凝固線溶能、血小板機能、さらには血餅強度も測定できる機器にTEG/ROTEMがある。TEGでみると、採血直後から凝固開始までの時間を表すr時間(反応時間)およびrの終了から振幅が20mmになるまでのk時間(凝固速度)は、妊娠経過とともに短縮、また最大振幅maは妊娠経過とともに増加し、いずれも産褥期には非妊娠時の値に復する。ROTEMも同様な結果を示すが、これらは妊婦血液の凝固時間は非妊娠女性血液より速く、かつ凝固因子が多いことを意味する。
3.分子マーカーによる凝固亢進の証明
凝固や線溶の活性化を明確に示す証拠は、血管内凝固の結果生じる反応生成物や分解産物が増加することである。正常妊婦でも妊娠経過に伴いTAT(thrombin antithrombin complex)、F1+2(prothrombin fragment 1+2)、FPA(fibrinopeptide A)、FMC(fibrin monomer complex)、PIC(plasmin inhibitor complex)、FDP(fibrin degradation products)もしくはDダイマーなどの分子マーカーが増加し、凝固系の活性化が著明で、同時にまた反応的に線溶系も亢進している。表37)に妊娠中の凝固線溶系マーカーの推移を示した。TATは分娩後急激に低下するが、Dダイマーの低下は遅い。このように正常妊婦といえども妊娠経過とともに凝固が亢進しているが、Kobayashiらによると妊娠高血圧症候群重症患者(n=101)では、正常妊婦に比しAT活性の有意な減少(79.9%)、Dダイマー(3.7μg/ml)およびTAT(24.8ng/ml)の有意な増加がみられ、正常妊婦に比し高度に凝固が亢進していることが明らかになっている8)。
図表
引用文献
- 小林隆夫. 妊産婦の凝固線溶能. Thromb Med 2021; 11(4): 255-61.
- 真木正博,設楽芳宏. 産婦人科領域における血栓症.日本臨牀1986; 44: 1178-86.
- Takeuchi S, Adachi T, Tsuda T, et al. Evaluation of the plasma protein S dynamics during pregnancy using a total protein S assay: Protein S-specific activity decreased from the second trimester. J Obstet Gynaecol Res. 2020; 46(3): 376-381.
- Suzuki A, Sanda N, Miyawaki Y, et al. Down-regulation of PROS1 gene expression by 17beta-estradiol via estrogen receptor alpha (ERalpha)-Sp1 interaction recruiting receptor-interacting protein 140 and the corepressor-HDAC3 complex. J Biol Chem 2010; 285(18): 13444-53.
- Morikawa M, Adachi T, Itakura A, et al. Differences in the prevention and incidence of maternal venous thromboembolism according to the type of institution in Japan in 2018: A sub-analysis of national questionnaire surveillance. J Obstet Gynaecol Res 2022; 48(3): 663-672.
- Kobayashi T, Sugiura K, Ojima T, et al. Peripartum management of hereditary thrombophilia: results of primary surveillance in Japan. Int J Hematol 2022; 116(3): 364-371.
- Onishi H, Kaniku K, Iwashita M, et al. Fibrin monomer complex in normal pregnant women: a potential thrombotic marker in pregnancy. Ann Clin Biochem 2007; 44: 449-54.
- Kobayashi T, Tokunaga N, Sugimura M, et al. Predictive values of coagulation/fibrinolysis parameters for the termination of pregnancy complicated by severe preeclampsia. Semin Thromb Hemost 2001; 27: 137-41.