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  • 遺伝性血栓性素因 hereditary thrombophilia

    2025/04/14 更新
    2015/02/17 作成

    解説

    血栓症を起こしやすくなっている状態を「血栓傾向」あるいは「血栓性素因」とよぶ。このうち、血栓症発症リスクとなる血液凝固因子や血液凝固制御因子などの遺伝子異常を持つ場合、または遺伝子異常は不明でも血栓症発症リスクとなる因子の異常を家族性に持つ場合を「遺伝性血栓性素因」という。

    <原因と病態>

     多くは血液凝固因子や血液凝固制御因子の低下または異常によるものであり、診断には当該因子の測定が必要である。血液凝固制御因子(アンチトロンビン(AT)、プロテインCPC)、プロテインSPS)など)の欠乏症、活性化プロテインCAPC)抵抗性、AT抵抗性、プロトロンビン異常症、フィブリノゲン異常症、プラスミノゲン欠乏症、ホモシステイン尿症などが遺伝性血栓性素因として報告されている。欧米では、APC抵抗性の原因となる血液凝固第V因子ライデン変異の頻度が高いが、日本人には見られない。一方、日本ではPS TokushimaPS p.K196E)が高頻度に見られる。

     臨床所見としては以下の特徴が挙げられる。

    • 静脈血栓塞栓症(VTE)の家系内発生
    • 40歳以下の若年性血栓症発症
    • 繰り返す血栓症再発
    • まれな部位(上矢状静脈洞、上腸間膜静脈など)でのVTE発症
    • 発端者と同様の異常を示す患者が家系内にいる

    <各疾患の概要>

     AT欠乏症:日本人での頻度は1/650人と推定されている1)。常染色体顕性遺伝である。通常、患者はヘテロ接合体(ホモ接合体は致死的である)であり、ATの血中濃度は正常の50%程度を示す(type I)。一方、分子異常症(type II)ではAT抗原量は正常であるが、活性が低下する。

    PC欠乏症:日本人での頻度はヘテロ接合体で1/750人と推定されている1)。常染色体顕性遺伝である。PCの血中濃度は正常の3065%程度を示す。ホモ接合体は1/5,000,0001/7,000,000人とまれであり、新生児期に電撃性紫斑病と呼ばれる劇症の出血症状を呈する。PC欠乏症にワルファリンを投与すると、最初の数日間はビタミンK依存性凝固因子の低下に比べてPC産生の低下が顕著に現れ、逆に血栓症を誘発することがある。

    PS欠乏症:日本人での頻度は12/100人と欧米人の約10倍である2)。これは、日本人ではPS p.K196Eが高頻度に見られるためである。常染色体顕性遺伝である。
    PS
    は通常約60%がC4bpと複合体を形成しているが、欠乏症では一般に遊離型のPSが著減している。

    遺伝性血栓性素因では生まれつき因子が欠乏しているが、PC欠乏症のホモ接合体以外では成人以降に血栓症を発症することが多い。特に静脈うっ滞や長期臥床、妊娠、手術、悪性腫瘍などの後天的要因が加わった際に発症しやすい。

    <診断>

     各因子の測定による。分子異常症を診断するためには、抗原量とともに活性を測定する必要がある。一般にヘテロ接合体では正常の50%程度となるが、新生児〜小児期には各因子の基準値が成人よりも低値であることに注意が必要である3)PC欠乏症ではビタミンK摂取や肝機能の影響を受けるため、因子の測定のみでは診断が難しい場合もある。そのため、他のビタミンK依存性凝固因子(凝固第VII因子など)を同時に測定し、その比率を参考にすることがある。また、妊娠中にはPSが低下しており、ワルファリン内服中はPCPSともに低下している。

    診断確定のためには、以下のいずれかが必要となる。

    • 遺伝子検査により特異的な遺伝子変異を証明する
    • 因子の異常が家族性に見られることを確認する

    AT欠乏症、PC欠乏症、PS欠乏症の遺伝子検査は保険適用となっており、遺伝カウンセリングの体制が整った医療機関で施行可能である。AT欠乏症、PC欠乏症と比較して、PS欠乏症では遺伝子検査を行っても原因遺伝子変異の同定率は低い4)

     

    引用文献

    1) Sakata T, Okamoto A, Mannami T, Matsuo H, Miyata T. Protein C and antithrombin deficiency

    are important risk factors for deep vein thrombosis in Japanese. J Thromb Haemost. 2004; 2:

    528-30.

    2)Sakata T, Okamoto A, Mannami T, Tomoike H, Miyata T. Prevalence of protein S deficiency in

    the Japanese general population: The Suita Study. J Thromb Haemost. 2004; 2: 1012-3.

    3)Ichiyama M, Ohga S, Ochiai M, et al. Age-specific onset and distribution of the natudal anticoagulant deficiency in pediatric thromboembolism. Pediatr Res. 2016;79: 81-6.

    4)Marlar RA, Gausman JN, Tsuda H, Rollins-Raval MA, Brinkman HJM. Recommendations for

    clinical laboratory testing for protein S deficiency: Communication from the SSC of the ISTH. J

    Thromb Haemost. 2021; 19: 68-74.

    参考文献

    1)Dautaj A, Krasi G, Busbati V, et al. Hereditary thrombophilia. Acta Biomed 2019; 90: 44-46.

    2)Middeldrop S, Nieuwlaat R, Kreuziger LB, et al. American Society of Hematology 2023 guidelines for management of venous thromboembolism: thrombophilia testing. Blood Adv 2023; 7: 7101-38