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感染症と線溶
解説
【概要】
凝固・線溶系は止血や創傷治癒に加え、感染防御にも重要な役割を果たす。凝固反応によって形成されるフィブリン血栓は病原体の局所封じ込めを担い、炎症細胞のリクルートも促進する。一方、線溶系は血栓を除去することで血流再開や組織修復を調節する[1]。感染時には血管内皮細胞や単球での組織因子の発現が亢進し、外因系凝固カスケードが活性化される。また、フィブリノゲンやプラスミノゲンアクチベーターインヒビター1(PAI-1)は急性期タンパク質として血中濃度が上昇し、一般に過凝固・低線溶状態に傾く。
【感染による凝固・線溶制御の破綻】
広範な感染や炎症は、凝固・線溶系の制御機構を破綻させ、全身性の血栓傾向を引き起こす。PAI-1濃度の上昇により微小循環不全や臓器障害が惹起され、敗血症性播種性血管内凝固ではこれらが予後不良因子の1つとなる。また小児の髄膜炎菌感染では、PAI-1遺伝子(SERPINE1)プロモーター領域(-675)の4G/5G多型のうち4G/4G型が高発現型とされ、予後不良と関連することが示されている[2]。
また、感染により誘導された好中球は貪食に加え、NETs(neutrophil extracellular traps)と呼ばれるDNA・ヒストン主体の網状構造を放出し、病原体を捕捉する。NETsを含む血栓はフィブリン単独の血栓よりも線溶抵抗性が高く、播種防御に寄与する。
【病原体による線溶系の利用】
一部の病原体は、宿主の線溶系を利用することで播種性感染を成立させる。その1つにA群溶血性レンサ球菌(GAS)がある。GASはストレプトキナーゼ(streptokinase: SK)を産生する。SKはヒトプラスミノゲンと複合体を形成し、その複合体がプラスミノゲン活性化因子となり、生成されたプラスミンがフィブリンを分解する[3]。マウスのプラスミノゲンへの活性化作用は示さないが、ヒトプラスミノゲンを発現させた遺伝子組み換えマウスで致死性の播種性感染として確認されている。さらにペスト菌による肺ペストの高い致死率も、ペスト菌がプラスミノゲン活性化因子を産生することが関与するとされる。一方、黄色ブドウ球菌はコアグラーゼを産生し、宿主プロトロンビンと複合体を形成してフィブリン形成を誘導することで免疫回避を図る[4]。
【COVID-19と線溶】
COVID-19感染症では肥満、高齢者、男性、心血管疾患等の症状増悪因子が知られているが、これらの多くがPAI-1の遺伝子発現を増強し血栓症発症の原因となる要因と重なる。実際感染による血管内皮傷害やサイトカインストームにより微小血栓形成や深部静脈血栓症、肺血栓塞栓症、動脈血栓症などが高率に生じる[5,6]。血栓形成の増加に応答した線溶反応によるD-dimerの増加とともに、SARS-CoV-2によるサイトカインストームで発現誘導された血中PAI-1濃度の上昇は、疾患重症度や予後とも相関する[6]。さらにCOVID-19患者の血漿から形成された血栓は異常なフィブリンネットワーク構造を示し、特に重症例では溶解抵抗性の高い緻密なフィブリンクロットの形成を促進する可能性があることが報告されている[6]。またSARS-CoV-2のスパイクタンパク質にはフリン切断配列があり、transmembrane protease serine2(TMPRSS2)による切断でangiotensin converting enzyme 2(ACE2)との結合能が増加する。この部位はプラスミン等によっても切断され細胞内への侵入能が高まることも報告されている。ただし、血管内皮で病態にどの程度関与するかは不明である[7]。
引用文献
- Mutch NJ, et al. Fibrinogen and fibrin: synthesis, structure, and function in health and disease. J Thromb Haemost. 2023;21(10):2529–2546.
- Westendorp RG, et al. Variation in plasminogen-activator-inhibitor-1 gene and risk of meningococcal septic shock. Lancet. 1999;354:561–563.
- Sun H, et al. Plasminogen is a critical host pathogenicity factor for group A streptococcal infection. Science. 2004;305:1283–1286.
- Friedrich R, et al. Staphylocoagulase is a prototype for the mechanism of cofactor-induced zymogen activation. Nature. 2003;425(6957):535–539.
- Medcalf RL, Keragala CB, Myles PS. Fibrinolysis and COVID-19: A plasmin paradox. J Thromb Haemost. 2022;20(9):1980–1990.
- Whyte CS, Mutch NJ. The suboptimal fibrinolytic response in COVID-19 is dictated by high PAI-1. J Thromb Haemost. 2023;21(3):623–634.
- 浦野哲盟 線溶系から見たCOVID-19の病態 血栓止血誌 2021;32(1):46-50