大分類
  • 凝固
  • 小分類
  • 病態
  • 妊娠と凝固

    2015/02/17 作成

    解説

    1.妊娠・分娩・産褥における凝固因子の推移
     妊婦血液の生理的変化は、劇的である。妊娠経過とともに循環血液量の増加、凝固亢進、線溶抑制などがみられ、各種の血液検査値も非妊時とは大きく異なる。さらにまた、妊娠中に変化した血液学的所見は分娩・産褥を期に大きく変化し、非妊時の値に復する。したがって血液検査値の正常か否かの解釈が妊娠・分娩・産褥それぞれの時期において異なるため、正常妊婦におけるその変動を把握していなければならない1)
     妊娠時は血液凝固第XIII因子を除くほとんどすべての凝固因子の増加がみられ、妊娠末期には非妊娠時の1.5~2倍に増加するが、分娩後は非妊娠時の値に復する(表1)。これは妊娠中増加するエストロゲンの影響により肝臓での産生が亢進するためである。一方、凝固因子増加にもかかわらず凝固系の主要なインヒビターであるアンチトロンビン(AT)は妊娠中ほとんど変化せず、またプロテインSは妊娠経過とともに減少するため抗凝固作用は低下する。この結果、線溶系の抑制と相まって、全体としては過凝固状態となる。この状態は妊娠維持、分娩時出血の止血に合目的的である反面、血栓症や播種性血管内凝固症候群(DIC)を起こしやすい状態でもある。


    2.トロンボエラストグラフィによる凝固亢進の証明

     客観的に全血の凝固・線溶状態を簡単に反映するトロンボエラストグラフィ(血栓弾性計、thromboelastography:TEG)でみると、採血直後から凝固開始までの時間を表すr時間(反応時間)およびrの終了から振幅が20mmになるまでのk時間(凝固速度)は、妊娠経過とともに短縮、また最大振幅maは妊娠経過とともに増加し、いずれも産褥期には非妊娠時の値に復する。このことは妊婦血液の凝固時間は非妊娠女性血液より速く、かつ凝固因子が多いことを意味する。


    3.分子マーカーによる凝固亢進の証明

     凝固や線溶の活性化を明確に示す証拠は、血管内凝固の結果生じる反応生成物や分解産物が増加することである。正常妊婦でも妊娠経過に伴いトロンビン-アンチトロンビン複合体(TAT)プロトロンビンフラグメント1+2(F1+2)、フィブリノペプチドA(FPA)、フィブリンモノマー複合体(FMC)、プラスミンα2プラスミンインヒビター複合体(PIC)、FDP(fibrin degradation products)もしくはDダイマーなどの分子マーカーが増加し,凝固系の活性化が起こると同時に、また線溶系も亢進している。表2に妊娠中の凝固線溶系マーカーの推移を示した。TATは分娩後急激に低下するが、Dダイマーの低下は遅い。さらにKobayashiらによると妊娠高血圧症候群重症患者(n=101)では、正常妊婦に比しAT活性の有意な減少(79.9%)、Dダイマー(3.7μg/ml)およびTAT(24.8ng/ml)の有意な増加がみられ、正常妊婦に比し高度に凝固が亢進している4)
     Teraoらは血液凝固亢進の程度と妊娠高血圧症候群の重症度がきわめてよく相関していることも証明し、妊娠高血圧症候群における凝固亢進と血圧上昇の因果関係を明確にした。すなわち,妊娠高血圧症候群患者の臨床症状の程度と各血液凝固線溶系因子の値が最もよく相関するように正準相関分析式を作成し、clinical indexとcoagulation indexを定義した。正常妊婦では、妊娠経過に伴うclinical indexの増加はみられないが、coagulation indexは増加している。これは正常妊婦といえども妊娠経過とともに凝固が亢進していることを意味する。妊娠高血圧症候群患者ではこの増加は顕著で、clinical indexとcoagulation indexがともに増加し、かつ、それぞれに正の相関がみられる5)

    図表

    • 表1 妊娠経過に伴う血液凝固因子活性の変化(文献2より引用して作成)
    • 表2 妊娠中の凝固線溶系マーカーの推移 (文献3より引用して作成)

    参考文献

    1) 小林隆夫:血液凝固・線溶系.産婦人科検査マニュアル,産科と婦人科 77増刊号:14-20,2010.
    2) 真木正博,設楽芳宏:産婦人科領域における血栓症,日本臨牀44:1178-1186,1986.
    3) Onishi H, Kaniyu K, Iwashita M, Tanaka A, Watanabe T: Fibrin monomer complex in normal pregnant women: a potential thrombotic marker in pregnancy. Ann Clin Biochem 44: 449454, 2007.
    4) Kobayashi T, Tokunaga N, Sugimura M, Kanayama N, Terao T: Predictive values of coagulation/fibrinolysis parameters for the termination of pregnancy complicated by severe preeclampsia. Semin Thromb Hemost 27: 137141, 2001.
    5) Terao T, Maki M, Ikenoue T, Gotoh K, Murata M, Iwasaki H, Shibata J, Nakabayashi M, Muraoka M, Takeda Y: The relationship between clinical signs and hypercoagulable state in toxemia of pregnancy. Gynecol Obstet Invest 31: 7485, 1991.