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α2プラスミンインヒビター(α2-PI)/α2アンチプラスミン(α2-AP) α2-plasmin inhibitor / α2-antiplasmin
解説
【概要】
α2プラスミンインヒビター(α2-plasmin inhibitor; α2-PI)は、α2アンチプラスミン(α2-antiplasmin; α2-AP)とも呼ばれ、プラスミンのセリンプロテアーゼ活性中心に結合して、プラスミンを不可逆的に阻害するセルピンである。
【構造と機能】
1)分子構造
ヒトα2-PIは464アミノ酸残基からなる分子量約67 kDaの一本鎖糖タンパク質(Met1-α2-PI, Met型)であり、主に肝臓で産生され血中に分泌される。血漿中において、α2-PI分解酵素(antiplasmin-cleaving enzyme; APCE、別名:線維芽細胞活性化タンパク質(fibroblast activation protein; FAP))によりPro12-Asn13間が切断されることにより、Met-α2-PIはAsn13-α2-PI(Asn型)へと変換される(文献13, Figure 1参照)。血中ではMet型とAsn型が約2:3の割合で存在し、総血中濃度は約1 μM(70 µg/mL)、半減期は2.6日とされる。α2-PIには、Asn98、Asn268、Asn282、Asn289にN型糖鎖が付加されている。
2)血液線溶における機能
α2-PIは、プラスミノゲンおよびプラスミンとの特異的結合に加え、フィブリンへの架橋結合を介して、線溶を抑制する。α2-PIはC末端のリジン残基を介してプラスミンのリジン結合部位(lysine binding site; LBS)に結合した後、プラスミンによりArg376–Met377部位で切断される(文献12, Figure 3参照)。この切断により、α2-PIはプラスミンの活性中心に存在するセリン残基(UniProt: P00747, Ser741)と共有結合を形成し、不可逆的な阻害複合体を生成する。
液相中に存在する遊離プラスミンのセリンプロテアーゼ活性は効率的に阻害されるが、フィブリン上に結合したプラスミンではLBSがフィブリンにより占有されているため、α2-PIによる阻害を受けにくい(文献10, Figure 1参照)。α2-PIはMet型からAsn型への変換により、フィブリンへの架橋結合能を獲得する。Asn型α2-PIのN末端側2番目のGlu14は、活性化第XIII因子(FXIIIa)を介してフィブリンのリジン残基と架橋される。この共有結合により、フィブリンはプラスミンによる分解に対する抵抗性を獲得し、安定化する。
3)組織線溶における機能
プラスミンは、血栓溶解に加え、さまざまな組織において細胞外基質の分解や増殖因子の活性化を介して、組織修復やリモデリングに関与しており(「組織線溶」の項参照)、これらの機能は、α2-PIによって適切に制御されていると考えられる。動物モデルを用いた研究により、α2-PIが多様な組織で発現し、恒常性維持や疾患進展に関与することが示唆されている。
【α2-PIノックアウトマウス(α₂-PI-KO)の表現形】
1)α2-PI-KOマウスは、妊娠・出産、成長、外見的健康状態において正常であり、ヒト先天性α2-PI欠損症にみられるような重篤な出血傾向は認められていない。
2)α2-PI-KOでは、エンドトキシン(lipopolysaccharide; LPS)刺激時における組織内フィブリン沈着が抑制される。
3)肝線維化障害モデルにおいて、α2-PI-KOは細胞外基質の分解を介して肝再生能の亢進を示す。
4)血管損傷および急性心筋梗塞モデルにおいては、α2-PI-KOで血管内皮細胞増殖因子(vascular endothelial growth factor; VEGF)の放出が促進される。α2-PI-KO におけるVEGFの放出促進は、皮膚創傷治癒の促進にも関与している。
5)α2-PI-KOでは、形質転換増殖因子(transforming growth factor-β1; TGF-β1)およびプロスタグランジンF2α(prostaglandin F2α; PGF2α)の産生が抑制され、皮膚線維化に対して保護的な作用を示す。
6)骨代謝において、α2-PI-KOでは骨形成が亢進され骨量が増加するほか、卵巣摘出による骨吸収亢進および骨量減少が抑制されることが報告されている。
7)α2-PI-KOでは、運動機能および記憶・学習能力の低下が認められ、不安様行動およびうつ様行動にも異常がみられる。一方、老化に伴い脳内で生じる酸化ストレスは、α2-PI-KOにおいて抑制される。
【病態】
1)低下する病態
α2-PIの低下または欠損は線溶活性を亢進させ、出血傾向を引き起こす。ヒトの先天性α2-PI欠損症は、これまでに世界で十数家系が報告されており、外傷や手術後の再出血および遅延性出血を特徴とする。ヘテロ接合体では、出血傾向が全く認められない例から、明らかな出血症状を呈する例まで、臨床像に多様性がある。また、後天的なα2-PIの低下は、肝硬変などの重症肝疾患における産生能の低下や、播種性血管内凝固症候群(DIC)などの線溶亢進状態に伴う消費性低下により生じる。
2)上昇する病態
感染症などの炎症性疾患においては、α2-PIが上昇する。これは、α2-PIが急性期反応タンパク質の一つとして肝臓での産生が促進されるためである。
参考文献
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