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プロテインS p.Lys196Glu(PS p.K196E)バリアント Protein S p.Lys196Glu (PS p.K196E) variant
解説
アミノ酸変異と塩基置換
プロテインS(PS)p.Lys196Gluバリアント(PS p.K196Eバリアント、rs121918474、c.586A>G、PS徳島バリアント、成熟PSのアミノ酸番号ではPS p.K155Eバリアント)は、PSの第2EGF様ドメイン内のLys196のGluへの変化であり、塩基性アミノ酸が酸性アミノ酸へ置換した血栓性素因である1,2)。
発見の経緯
上矢状静脈洞血栓症を発症したPS欠乏症患者に同定したバリアントであり、発端者のPS活性は低下するものの抗原量は正常域を示すII型欠乏症であった。発端者の出生地にちなんでPS徳島と名付けられた3,4)。独立した別の研究では、PS欠乏症患者家系でPS活性の低下や血栓症を伴わない近親者に本バリアントが同定され、一般集団182人のうち3人(1.65%)がヘテロ接合体であったことから病因的意義が疑問視された5)。
深部静脈血栓症(deep vein thrombosis, DVT)に対するオッズ比とアレル頻度
3つの研究より、本バリアントはDVTのリスク因子(オッズ比5.58、3.74、2.05)であると報告された6-8)。本バリアントは軽度の遺伝性血栓性素因と考えることができる。本バリアントは肺血栓塞栓症のリスク因子でないという報告もある8)。日本人の一般住民3,651人での本バリアントのアレル頻度は0.91%であり、約55人に1人がヘテロ接合体と推定され、約12,000人に1人がホモ接合体と計算される7)。日本人の総人口を考えるとホモ接合体は約10,000人と推定される。
民族特異性
dbSNPでは、日本人と韓国人にアレル頻度0.87%および0.07%で同定されている(*)。gnomADを見ると、本バリアントは東アジア人由来の7アレルにだけ同定され、欧州や米国、南アジアにはみられない(**)。これらのことは、本バリアントは日本人・韓国人にだけ見られるバリアントであることを示唆しており、いわゆる創始者効果により日本人や韓国人に固定したと思われる8,9)。
凝固時間法によるPS活性
PS p.K196Eバリアント保有者では、PSの活性化プロテインC(activated protein C, APC)コファクター活性(PS活性)は低下するが、遊離型PS抗原量および総PS抗原量は正常域を示す(II型欠乏症)。活性化部分トロンボプラスチン時間を用いるPS活性測定法では、一般住民の本バリアント保有者34人のPS活性は71.9%(平均値)であり、正常PS保有者1,828人のPS活性87.9%(平均値)に比べ、わずか16%しか低下していなかった10)。34人のバリアント保有者のPS活性値は正常PS保有者のPS活性の範囲に入っていた。同様に、プロトロンビン時間を用いるPS活性測定法でも、本バリアント保有者のPS活性は正常PS保有者のPS活性の範囲に入っていた11)。これらの結果より、いずれの凝固時間法によるPS活性測定でも、バリアント保有者を同定できないと考えられた。
PS p.K196Eバリアントの同定法
PS p.K196EバリアントはTaqMan法や定量PCR法などを用いて塩基置換を判定すれば同定できる。一方、血漿を用いる同定法として比活性法と特異抗体法がある。比活性法では、合成基質を用いて総PS活性を測定し、総PS抗原量との比より比活性(活性/抗原量)を算出する12)。本バリアント保有者9人を含む女子大学生139人の検討より、PS比活性0.78で本バリアント保有者と非保有者を区別できた11)。本法はシノテスト社より市販され保険適応されている。シノテスト社では、PS比活性が0.78未満をPS II型欠乏症を示唆するとしており、比活性法は本バリアント保有者だけでなくPS II型欠乏症の判定法としても考慮される11)。
特異抗体法では、PS p.K196Eバリアントを特異的に認識する単クローン抗体を用いてバリアントの保有を判定する13)。本法は研究レベルである。6人の本バリアント保有者を含む394人の女性を対象に比活性法と特異抗体法で本バリアントの保有を検討した報告では、特異抗体法はバリアント保有者6人を保有者として同定することができた。一方、比活性法では11人が比活性0.69以下を示した。そのうち6人が本バリアント保有者であったが、5人はサンガー法でPSにバリアントを認めなかった14)。
東北メディカル・メガバンク機構の「日本人全ゲノムリファレンスパネル」を基に作成されたジャポニカアレイにはPS p.K196Eバリアントは入っていない。したがって、このアレイを用いた大規模な遺伝子タイピングのデータは得られないのが現状である。
組換えPS K196Eタンパク質の性状
ヒトおよびマウスの組換えPS p.K196Eタンパク質の性状が報告されている15-17)。ヒトPS p.K196EのAPCコファクター活性は野生型PSの41%~58%に低下しているが、第Xa因子の不活性化反応におけるTFPIコファクター活性は低下せず、C4BPへの結合能も正常に保持しており、トロンビンでも同様に切断を受けた。マウスPS p.K196Eタンパク質のAPCコファクター活性は49%~60%に低下していた。
産婦人科領域
妊娠中あるいは産褥期に発症したDVT患者18例では5例が病的バリアントを有し、そのうちの2例はPS p.K196Eバリアントであった。したがって、本バリアントは妊娠関連DVTのリスク因子と考えられた18,19)。病的バリアントを有する5例はいずれも妊娠初期もしくは中期にDVTを発症し、妊娠後期もしくは産褥期の発症例はなかったので、遺伝性血栓性素因保有者は妊娠の初期から厳重な管理が必要であると考えられた。一方、不育症患者では本バリアントを同定したものの一般住民の頻度1.8%と有意差はなく、不育症のリスクではないと考えられた19-20)。PS p.K196Eバリアント保有者が経口避妊薬を内服するとさらにPS活性を低下したものの21)、症例数が少ないため経口避妊薬による静脈血栓塞栓症発症の増加は検討できなかった。かつては出血症が人類の生存を脅かし、産後出血は致死的な脅威であったろうと想像される。そういった環境では遺伝性血栓性素因であるPS p.K196Eバリアントは生存に有利であったと考えられる9)。
PS p.K196Eマウス
PS p.K196Eマウスが作製された17)。PS p.K196Eホモ体マウスは正常に成長し子孫を残した。血栓症の自然発症は認めなかった。PS p.K196Eヘテロ体およびホモ体マウスのAPCコファクター活性は低下し、静脈血栓モデルと肺塞栓モデルで野生型マウスより高い血栓能を示した。しかし、脳梗塞モデルでは野生型マウスとの差を認めなかった。また、プラスミノーゲンp.Ala620ThrバリアントはPS p.K196Eホモ体マウスの血栓症を増悪しなかった22)。
引用文献
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2. 津田博子: 日本血栓止血学会誌 30:642-651, 2019.
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4. Hayashi T, et al.: Blood 83:683-690, 1994.
5. Yamazaki T, et al.: Thromb Res 70:395-403, 1993.
6. Kinoshita S, et al.: Clin Biochem 38:908-915, 2005.
7. Kimura R, et al.: Blood 107:1737-1738, 2006
8. Tsuda H, et al.: Res Pract Thromb Haemost 4:1295-1300, 2020.
9. 宮田敏行: 日本血栓止血学会誌 30:632-641, 2019.
10. Kimura R, et al.: J Thromb Haemost 4:2010-2013, 2006.
11. Noguchi K, et al.: Blood Coagul Fibrinolysis 30:393-400, 2019.
12. Tsuda T, et al.: Blood Coagul Fibrinolysis 23:56-63, 2012.
13. Maruyama K, et al.: PLoS One 10:e0133196, 2015.
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21. Miyoshi T, et al.: Int J Hematol 109:641-649, 2019.
22. Tashima Y, et al.: PLoS One 12:e0180981, 2017.
参考文献
(*) https://www.ncbi.nlm.nih.gov/snp/rs121918474(2022年8月9日)
(**) https://gnomad.broadinstitute.org/variant/3-93624643-T-C?dataset=gnomad_r2_1(2022年8月9日)