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人工多能性幹細胞(iPS細胞) induced pluripotent stem(iPS)cells
解説
1) iPS細胞の樹立
京都大学の山中伸弥教授は多能性幹細胞の維持に関わる因子には多能性を誘導する活性があるのではないかと推測して24個の候補因子を選び、線維芽細胞に導入するという実験を行った。その結果、多能性幹細胞で働く遺伝子マーカーが陽性の細胞群が得られた。そして、24因子から因子を1つずつ除くことで必須の因子としてOct3/4, Sox2, Klf4, c-Mycの4因子を同定した。この細胞は分化多能性を示しinduced pluripotent stem(iPS)細胞と名付けられた。山中教授は2006年にマウスiPS細胞の樹立に、2007年にはヒトiPS細胞の樹立に、それぞれ成功している。
2) ノーベル賞受賞
生体内の多様な細胞はそれぞれその機能を発揮するために情報元のゲノムDNAを取捨選択しているのか、あるいはゲノムDNAは変わらずにその使い方が異なっているのか、という疑問の元に、分化した細胞の核と受精卵の核を入れ替えるという実験がJohn Gurdonによって1962年になされた。その結果、分化した細胞の核でも受精卵の中で発生を進行させることができ、体内の様々な細胞はゲノム情報の使い方を変えることで多様な機能を発揮しているということが明らかとなった。山中教授はこの初期化という現象をiPS細胞の樹立によって分子レベルで説明することに成功した。両者のこれらの功績に対して2012年にノーベル賞が授与されている。
3) 臨床応用
iPS細胞を使った応用へむけた取り組みが具体化してきている。2014年に加齢性黄斑変性を対象とした初の臨床研究が理化学研究所、多細胞システム形成研究センターの高橋政代プロジェクトリーダーによって行われた。その後、2018年には京都大学の高橋淳教授らによってドーパミン神経細胞を移植するパーキンソン病治療に向けた臨床試験が開始され、2022年には慶應義塾大学によって神経前駆細胞を脊髄損傷患者に移植する臨床試験が開始されている。さらに、心筋梗塞に対する臨床試験として2020年に大阪大学が中心となり心筋細胞シートの移植が行われている。また、iPS細胞を使ったがん免疫療法として、がん細胞を攻撃するナチュラルキラー(NK)細胞やT細胞を治療に応用する臨床研究が2022年に開始されている。移植以外にも生体外において病態を再現することにより治療薬の開発につなげようという応用の試みも多数行われている。
4) iPS細胞研究の新たな展開
iPS細胞は胚盤胞と同等の分化多能性を持ち、体を構成するすべての細胞になり得る。この特性をいかして、これまで不可能であったヒトの発生研究が展開されている。胚盤胞用の構造を作成することによる着床のメカニズムの解析や、始原生殖細胞の発生過程の研究さらにはオルガノイドを用いた器官発生研究が盛んに行われている。特にオルガノイド研究においては疾患患者由来のiPS細胞を用いることによる病態の再現や、ゲノム編集による原因遺伝子の同定といった幅広い展開を見せている。その一方で生殖細胞や脳神経系の発生においては倫理的に慎重な議論が求められている。